今回の episode は、夏休みを受験勉強に集中する矢野 あやねについて描かれているため、風早は登場しません。そのため、彼女が心の支えとするものに注目して書き記してみます。
26巻 episode 107. 初恋
夏と言えば ―――――
この先に思い浮かぶ言葉は、人それぞれ・・・。
しかし、受験生であれば、この夏休みをどのように過ごすかは、おおよそ決まっている。
黒沼や胡桃沢と同じく塾に通っている矢野も、この休みは殆どの時間を勉強に充てている。
一人の方が勉強に集中出来る彼女は、黒沼の勉強合宿には参加せずに、自室の机に向かって奮闘していた。
見かけによらず、勉強が得意な彼女。
それでも、第一希望としている東京の大学に合格する事は、難しい。
快適な部屋で問題集を広げ、勉強の捗っていた彼女であったが、近頃の様子は違っていた。
何故か頬杖をつく事が多くなり、ペンを進められなくなっている姿がしばしば見られた。
焦りでも生じているのか、問題が頭に入って来なくなり、調子を崩して行き詰まっていた。
この状態が続く様では、ますます調子が悪化してしまう。
そんな苦しみ始めた時に、彼女の頭に思い浮かんだものは、黒沼や吉田の顔では無く、担任教師である荒井の顔であった。
いつも威張ってばかりいる印象の強い荒井であるが、黒沼の親友である彼女は事有る毎に、彼から人生の先輩として胸に残る言葉を幾つも聞いて来ていた。
ふと彼女は、化粧台の片隅で無造作に放置されたままになっている、のど飴に目をやった。
この一粒ののど飴は、バレンタインデーチョコのお返しにと、荒井がくれた物であった。
彼女は一息つこうと席を立ち、冷たい飲物を口にしていると、スマートフォンにメッセージが届いた。
こうして彼女は外出する気力が出たのだった。
彼女は黒沼と吉田の3人で、数週間ぶりに会って話をした。
友達との会話は彼女に安心を与え、不安を吹き飛ばし、元気にさせた。
焦りや不安を解消し、上手く息抜きの出来た彼女は、家へ帰るために駅へと向かった。
彼女の頭には、自身で決意した勇気の有る進路変更を応援してくれた荒井の色々な顔と言葉が思い出されていた。
駅に着くと、そこで彼女は思わぬ人物と顔を合わせた。
まさかの彼女が、知らぬ間に気にする様になった荒井である。
気持ちが落ち着いたばかりの彼女であったが、彼の顔を見るなり平静を失って慌てた。
彼は、いつもと違う彼女の様子に、教師として気付いた。
「 なんか おまえ
今日 しおらしーな ・・・ 」
「 ・・・・・・・・・・・・ 」
「 ・・・ 煮つまってんだろ?
なんか できることあるか 」
「 ・・・・・・・・・・・・ で ・・・・・・ きないでしょ 〰〰
ピン( 荒井の愛称 )には ・・・・・・・・・・・・ 」
「 俺に出来ないことなんてない! 」
「 できないの!
・・・・・・・・・・・・・・・ 」
「 俺も 調子狂うんだよ
なんか あんなら 言え 」
「 じゃあ ・・・・・・
手 ・・・・・・ つ ・・・・・・・・・・・・ 」
「 手? 」
「 ・・・・・・ 握手‼
受験勉強 頑張れるように ・・・・・・・・・・・・・・・‼ 」
「 両方だせ 」
「 えっ 」
「 心配すんな 大丈夫だ
おまえなら できる‼ 」
荒井は大きな手で彼女の両手をしっかり包み込み、自信と気合いを入魂した。
この人は、何かしらの根拠を持って、私を認めてくれている。
彼女は家に戻ると、化粧台の片隅に放置されたのど飴に、そっと手を伸ばした。
初めて感じている、この確かな感情は・・・。
彼女は、この感情を恥ずかしくて言い表せない口に、その飴を含んだ。
喉から優しく広がるハーブの風味は、ほんのりと甘い、初恋の味がした。
心の支えとなれる。
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