27巻 episode 109. 翔太
あくる日、風早は彼女を連れて母のいる病院を訪れた。
母が黒沼と久しぶりに会って話でもすれば、少しは元気を取り戻してくれると期待した。
二人が母の病室まで来ると、心配してお見舞いに来てくれた彼女に母は大層喜んだ。
彼女から花束を受け取った母は、風早家にも女の子が一人欲しかったと、しみじみ思った。
母と彼女の和やかな会話、女の子にしか出来ない母へのいたわりに、彼は助けられていた。
しかし、彼には一つ気になる事が有った。
今日は彼が着替えと日用品を持って面会に行く手筈となっていたのに、父が朝一番に手ぶらでやって来た事を知ったからである。
彼は、きっと昨日の事を話しに来たのだろうと、直感が働いた。
昨日の夜、黒沼からご馳走になった後で、彼は父と真剣に話し合った。
自分の将来について、そして店の事をどう考えているのか、今一度話し合う必要に迫られたからであった。
病室内では、そのうちに親子の会話が始まった。
「 ほんとーに お兄ちゃんは お父さんにそっくりね‼ 」
「 えっ‼ 」
「 お兄ちゃんて お父さんのこと どー思ってるの? 」
「 頑固親父 」
「 そのとおりね 」
「 ・・・ とーちゃんのことは 実際よくわかんねーかも
俺にあんま興味とかないかなってのは わかるけど
何したら喜ぶのかとか いまだにわかんない 」
「 あの人 今
ショック受けながら 嬉しいんじゃない
たぶん今 喜んでるんじゃない 」
「 ・・・・・・ え ・・・・・・・・・ 」
「 お兄ちゃんね
帰ったら 寝室のたんすの一番上の引き出し見てごらん 」
「 引き出し? 」
「 悪いね
お母さんちょっと処分もしてるけど ――・・・・・・・・・
喜ばせてるよ お兄ちゃん 今までも ずっと
わかりづらいけどね ――・・・・・・・・・ 」
「 お父さん
・・・ お兄ちゃんが生まれる時 名前の候補を3つ用意してたの
お母さん
たぶん自分の名前「 勝一郎 」からとって「 勝太 」になるんだと思ってたわ
だけど
生まれたお兄ちゃんの顔みて 一番選ばないだろうと思ってた名前を選んだ
勝つことじゃなく 人の上に立つことじゃなく
翔けることを望んだの あなたに ――・・・ 」
自分はどの様にして父から名付けられのか、命名の背景を初めて知った風早。
父は自分に興味が薄いなんて事は無く、それは彼の思い違いに過ぎなかった。
良い名前である。
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