29巻 episode 118. 宝物
全ての試験を終えて ―――
厳しかった受験勉強の日々から解放された風早達の気分は、どうだったのだろうか。
寒さの和らぎ始めるこの時期は、もう卒業式と合格発表を待つだけとなっている。
彼らより一足先に進路の決定していた矢野は、新天地で活動するための準備を進めていたのであるが、彼女には一つ心残りな事が有った。
彼女が荒井に会えるのは、卒業式で最後になってしまう。
彼女は彼と話せる残り僅かな時間をとても大切にした。
卒業式の前日、荒井に話しかけられた彼女は、嬉しそうにこれまで通りに言葉を交わした。
「 矢野 おまえ 明日あんま濃い化粧してくんなよ 」
「 え ―― ・・・ どっしよっかな
写真 かわいくうつりたいしぃ
気合い入れて盛るのもアリだなぁ 」
「 すんなよ‼ 」
「 ピンこそ その頭で来んの?
大丈夫なの PTAとか 」
「 ぐっ エスパーか !!? 」
「 は ⁇ 」
彼は言葉が詰まり、反論に困っていた。
つい先日、教頭からしつこいくらいに髪の事を指摘されていたからである。
この時、彼の頭の中には教頭の話が思い出されていた。
『 卒業式は 絶対 髪立ててこないでくださいね⁉
PTA会長うるさいんですから ・・・・・・ 』
矢野も、教頭と同じ事を言う。
気合いの入った逆立ち髪は、彼のトレードマークの様なものであり、彼はこの髪型をとても気に入っている。
教頭が苦言を呈するのは当然であるが、彼女にまで不評であった事を知れば心外だろう。
「 あはは また明日‼ 」
「 おう また明日な! 」
今回のおふざけは、彼女の勝ちになった。
そして迎えた卒業式の日。
彼女は荒井の髪型を見て目を疑った。
「 ウソ ―― ‼ 何その髪型‼ 」
「 し 七三だが? なにか? 」
彼女はいつもの逆立ち髪を好まなかったのであるが、この七三も気に入らなかった。
「 ね! ちょっと屈んで! 」
「 あ? 」
「 えいっ 」
「 わっ‼ 何すんだよ ―― ‼
セットに何分かかったと思ってんだおまえ ―― !!! 」
「 あはははは 良くなったんじゃない! 」
彼のセットした七三でも、彼女が手を少し加えると雰囲気が幾分か良くなった。
これから彼が向かうのは、教え子達の、晴れの卒業式。
彼女と会うのも、これで最後かも知れない。
彼は、彼女の好みに髪型を合わせて出席する事に決めた。
清潔感が有り、女性受けする髪型をしている。
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