30巻 episode 121. 新しい生活
春が香り出す、この時期 ―――
見事に合格を決めた風早は、一人暮らしの準備に取り掛かっていた。
この春から彼が胸を張って通う大学は、最寄りの駅から片道1時間程度で通える所に有るのであるが、父の勧めによって親元を離れる事になっていた。
何でも自分でやる様に、早く一人前になる様に、彼は父から期待された。
引っ越しの日、彼がアパートへ持ちこんだ幾つかの荷物を開封する際に、黒沼が付き添って手伝ってくれた。
荷物の中には彼女がくれた手編みの腹巻や帽子、手袋などに加え、修学旅行で彼女が色塗りしたシーサーの置物まで入っていた。
今日から彼の新居となるこの部屋に、これからも彼女の存在を示すものを置いてくれる。
荷物の中から出て来る、自分と繋がりを持つ思い出の品々に、彼女は嬉しくなった。
冷蔵庫が新居に届き、大変な引っ越し作業を一通り終えると、彼女は今日一日の残りの時間を許される限り、彼の傍にいる事を望んだ。
明日から彼とは遠距離恋愛が始まってしまう。
彼が夕食を共にしようと誘うと、話が弾んで一緒に料理を作る事が決まり、二人はスーパーマーケットまで食材を買いに出た。
一人分の食器しか持って来ていない彼は、食材の他に雑貨コーナーも覗いてみた。
「 選んで
黒沼の 黒沼専用のやつ
そばにいても いなくても 使うの黒沼だけね
さみしいよ すごく だけど
離れる分 今までよりいろんなこと ちゃんと言うから 聞くから
黒沼も 俺のこと わかんなくなったら なんでも聞いて
絶対 大丈夫だから 絶対 ・・・・・・ 」
「 ・・・・・・ 今日 ・・・・・・
・・・ 私を不安にさせないように誘ってくれたの ・・・? 」
「 ・・・・・・ それもある けど ・・・・・・・・・・・・
俺が一緒にいたかった
黒沼とのこれからを 俺がちゃんと感じたかった 」
大学でも、彼はきっとモテる。
しかし、彼女が居心地良いと感じる場所を、これからも作れるなら大丈夫だろう。
思えば彼は、これまでいつも彼女の居場所を作って来たではないか。
大丈夫 風早くん 私たち 大丈夫だね
離れても 風早くんの隣が 私の居場所だって思える
本当に そう思えるんだよ
居心地良い場所を作ってくれる。
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