30巻 episode 122. おなじきもちで
戻らない彼女 ―――
今日は朝から友達の引っ越しの手伝いに行くと、母に告げて出て行ったきりの黒沼。
夜が深くなっても連絡は無く、未だ帰って来ない娘に母は心配し始めていた。
居間で彼女の帰りを待つこと数時間。
父が風呂に入っている隙でも狙ったかの様に、ようやく彼女から電話で一報が届いた。
「 もしもし黒沼です ――― 」
「 あっ・・・ お母さん ⁉ 」
「 爽子 」
「 ・・・ あのねっ 今日 ・・・ 帰らない
電車 ・・・・・・・・・ 乗らなかったの 」
「 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・ 乗れなかった・・・ わけじゃないのね?
・・・『 帰らない 』のね ? 」
「 ・・・・・・・・・・・・ うん ・・・・・・・・・・・・ 」
「 はーい了解
明日 気をつけて帰ってきてね 〰〰〰〰〰 」
娘の片言の話を聞いただけで納得出来るものなのか、母は深く問う事無く受話器を戻した。
「 は ――― さっぱりした!
あれ 爽子はまだ帰ってきてないのかい? 」
「 爽子 今日は泊まってくるみたい
友達の引っ越しの手伝いって言ってたから 別れがたくなったんじゃない? 」
「 そーなのかい ⁉ 遅くなって帰れなくなったとかなら むかえに行くかい ⁉ 」
「 大丈夫よ お父さん 爽子の意志だから 」
「 そ ・・・ そう ・・・・・・? 」
「 そーよ 」
「 ・・・・・・ ・・・・・・・・・ お友達って誰だい ・・・ まさか風 ・・・・・・ 」
「 わかんないけど
爽子が友達って言ったんだから お友達よ! 」
「 だ ・・・ だよね‼ 」
母と同じく勘の働く父であるが、愛娘が彼の所にいる事を知らぬまま眠りに就いた方が幸せかも知れない。
いくら大切にして来ても、娘はいずれ彼氏のもとへ行ってしまう。
愛娘に風早という立派な彼氏が出来た事で、彼女の安全や幸福を心から心配したり、不安になったりする事は無くても、保護欲の強い父にとっては娘と離れて行くという別離の感情を受け入れる事が出来る時が来るのは、彼女が高校を卒業したばかりの娘であるだけに、まだ先になりそうである。
彼としては、彼女の両親に心配を掛けまいと、甘える彼女に説得を試みたのであるが、言う事を聞かない彼女にわがままを通されてしまった。
これまでに、彼女がわがままを言った事は殆ど無い。
もう少しだけ彼女と一緒にいたいという気持ちが彼にも有った事は事実であるが、彼は彼女の希望に応えたかっただけであった。
女性に卑しくない。
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