4巻 episode 15. 恋
辺りは特に人の気配の無い体育用具室前で、仲良く話し込む黒沼と真田。
声と言えば、二人の恋愛談義の他には、鳥のさえずりが聞こえてくるくらいだ。
もし誰かがこのような場面を見かけたのなら、気を遣って近寄るのをためらうことだろう。
しかし、体育祭実行委員であり、黒沼に好意の有る風早は別だった。
彼は競技で使用した各種の用具を片付けるために、ここへやって来た。
仲良く恋愛談義をする二人を目撃してしまった彼は、ショックが大きいあまり、両手で運んでいた体育用具を地に落とした。
彼は衝動的に二人へ駆け寄り彼女の手を掴むと、さらうようにその場から急いで走り去った。
黒沼は何も言わないし、何も抵抗しない。
彼はそのまま彼女の手を引いて走り、校舎裏の人気のない所までたどり着くのだった。
ここで彼は、ようやく彼女の手を放して振り返った。
「 ・・・・・・ ごめん がまんできなかった
気になって どーしても 」
見つめ合ったままの二人に、無言のひと時が流れていく。
少し走ったせいも有るのか、脈が高鳴る彼女は緊張と興奮で震える体を抑えていた。
風早は真剣に問いかけた。
「 黒沼 龍のこと すきなの? 」
恋とはどういうものなのかを経験させてくれた彼、純粋な眼差しが眩しい目の前にいる彼に、彼女は「 すき 」の意味を考えた。
「 真田くんへの気持ちは ・・・・・・・・・
恋愛感情じゃない 恋愛じゃない ・・・・・・・・・ !
⦅ ちがう 全然ちがう
やさしかったけれど 助けてくれたけれど ⦆ 」
「 ・・・・・・・・・ ちがうの? 」
「 うん! 」
「 ・・・ 俺 ・・・ ・・・ そのまま信じるよ? 」
「 う ・・・・・・・・・ うん! 」
「 ・・・・・・・・・・・・ そっ か 〰〰〰〰〰! 」
黒沼の返答に安堵した彼は力が抜けたのか、突然ため息をつきながらその場にしゃがみ込み、見る間に赤くなる顔を両腕で隠した。
真田に対して彼女が恋心を抱いていないことが判明した今、むきになって問い詰めていた自分が急に恥ずかしくなった。
「 うあ 〰〰〰 ちょっと 今 見ないどいて
俺 今 ちょーはずかしいから‼ 」
彼女は話の意図を理解しておらず、彼が何を恥ずかしがっているのか全く分かっていない。
この思いに気付けない彼女の天然な鈍感ぶりに、彼はただ笑っていた。
するとその笑顔を見た黒沼が、引き込まれるように一緒にしゃがみ込み、彼の笑顔にうっとりと見とれながら、彼に感じる恋心を確認し、恋する気持ちを味わい始めた。
・・・・・・ だって
すきって ・・・ こういうことでしょう?
目の前の 風早くんに感じる
この気持ち 全部 恋でしょう?
人の気持ちも知らず、微笑んでまじまじと見つめてくる黒沼に対し、彼は思いがこみ上げた。
「 ・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・ ちなみにさ
つきあうとかって どー思う? 」
「 え⁉ あっ どこに⁉ 」
「 じゃなくて 彼氏彼女 」
「 えっ⁉ かれっ ・・・
お ・・・・・・ 大人だなあって 思うよ‼ 」
「 いや ・・・・・・ えーと ・・・ そーじゃなく ・・・・・・ 」
「 なんかもう!
想像もできないっていうか‼
はてしなく遠い世界すぎて‼ 」
恋心を覚えたばかりの彼女にとって、男女交際はまだとても考えつかない世界のようだ。
⦅ 俺がイヤとかじゃ ないんだよな? 多分 ・・・・・・・・・
自分がつきあうとか 考えてもないんだろな ・・・・・・・・・ ⦆
「 ・・・・・・・・・・・・・・・
まあ ・・・・・・・・・ いっか!
今は いっか! 」
自分と付き合うのが嫌というわけでは無く、彼女は誘われた事にも気付いていないんだと判断した風早は、大人の階段をゆっくり上る彼女を急かす事を止まった。
恋愛に情熱的である。
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