5巻 episode 18. 休日
ある秋晴れの日曜日の事、真田と遊んでいた風早に、荒井から連絡が入った。
話を聞いていても何を言っているのかよくわからなかった彼らは、とにかく荒井の望み通りにアパートへ行ってみる事にした。
そのアパートは幸い遠くなく、ここからなら北幌高校よりもずっと近い。
この面倒に思われそうな頼みを引き受けた風早であったが、彼に感謝した。
呼び出された理由は何であれ、黒沼と休日を一緒にいられる事になったからだ。
彼が黒沼に好意を寄せている事くらい、荒井は既に読めている。
アパートに集まったのは風早らの他に、黒沼と遊んでいた矢野と吉田の計5人となった。
北海道の秋の日照時間は短くても、5人はアパートで費やした時間を妙に長く感じた。
荒井が皆を帰す頃には、頭上は天高くまで綺麗な星空が広がっていた。
「 ・・・・・・ 今日はずっと一緒にいたから ・・・・・・ 別れがたいね
じゃあ 私こっちなので みんな気をつけてね 」
と、黒沼が切り出す。
吉田と矢野は、この暗い夜道を一人で帰ろうとする彼女を忽ち心配した。
「 送んなよ 風早‼ 」
「 そーだよ こんな暗いのに危ないじゃん‼ 」
これを聞いた黒沼は、言われた風早よりも反応が早かった。
「 えっ⁉ いやいや‼ ごしんぱいなく‼ ご迷惑はおかけしません‼ 」
少し大きくなった彼女の声に動揺が感じられたが、風早は当然の様にはっきりと言った。
「 送る ・・・・・・ 送る 」
暗い夜道を女性が一人で歩くのは、とても危険である事くらい、二人に強く勧められなくても彼だってわかっている。
しかし黒沼は、迷惑をかけたくない思いから彼の申し出に気が引けて、困った様子を見せた。
「 ・・・・・・・・・ でも ・・・・・・ 」
風早は彼女の正直な気持ちが知りたくて聞いた。
「 嫌? 嫌なら言って! 」
「 ・・・・・・・・・・・・・・・ そんなんじゃ ないよ! 」
恋愛に内気で臆病な黒沼は、彼の申し出が嬉し過ぎて胸がいっぱいになり、上手い言葉が出て来なかった。
気後れしそうなほどモテる風早の申し出だからと言って、何もためらう事は無い。
「 しょーたが行くなら 俺も 」
その時、二人の会話の間に、空気を読めていない真田が口を挟んできた。
「 アホ あんたは こっち! じゃーねー‼ 」
吉田が彼の腕を掴んで強引に引っ張ると、矢野と一緒に手を振りながら暗い夜道の中に素早く溶けていった。
「 ・・・・・・ 行こ 」
「 ・・・・・・ うん ・・・・・・ 」
2人は街灯の灯った河川敷沿いの道を歩き出した。
「 ・・・ 日ー 短くなったな ――― 」
「 ・・・・・・ うん ・・・ 」
・・・・・・ 嫌じゃない
嫌なわけ ないよ
嬉しすぎるから ・・・・・・
お礼が言いたいのに
言葉も 出てこない
顔も 見れない ・・・・・・
しばらくして、互いに会話が少なくなって歩いていると、彼女は先程アパートを出る際、荒井から教わった事を思い出した。
それは、風早が絶対に喜ぶお礼の仕方というものであり、「 掴んで5秒目をつぶるだけ 」の至ってシンプルなものだ。
真面目で素直な彼女は、荒井の言った事を深く考えず鵜呑みにし、教わった通りに風早の上着を掴むと、彼の方を向いたまま立ち止まって瞳を閉じた。
不意に上着を掴まれた風早は、立ち止まって黒沼の方に顔を向けた。
彼女は上着を掴んで離さず、彼の前で瞳を閉じたまま、じっとしている。
突然の、キスをして欲しい可愛い仕草に胸を打たれた風早は、瞳を閉じて5秒待つ彼女の唇にゆっくりと迫った。
些細なことでも相手を喜ばせる。
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