6巻 episode 21. 夢
土曜日を迎えた朝 ―――
吉田は真田家の玄関先にやって来ていた。
既に兄(徹)が婚約者を連れて昨夜に帰って来ており、茶の間は明るく笑い声に満ちている。
今この時間は営業準備前の、家族団らんの貴重なひと時である。
冗談話が好きな真田の父は、息子が突然連れて来た綺麗な婚約者に上機嫌だった。
彼の笑い声は、玄関先にいる吉田の耳にも十分に届いた。
彼女はその場に腰を下ろすと、チャイムを鳴らそうかどうか悩み始めた。
すると、彼女の頭に真田の父から言われた言葉が浮かんできた。
「 しっかし ほんと ちづちゃん うちの娘だったらいいのになあ! 」
店の看板娘としてアルバイトをしてくれるだけで無く、よく店に食べに来てくれる彼女は父ととても仲が良いのである。
続いて彼女は昨夜の事も思い出した。
実は昨夜、彼女は丁度帰って来たところの徹にばったり遭遇している。
仕事を早く終わらせて、遠路はるばる車を運転して帰って来た徹は、彼の姿を見るなり途端にじゃれて力いっぱいに甘え出す吉田をしっかりと笑顔で受け止めた。
徹は秘密にして連れてきた婚約者に弟を紹介した後で、吉田もきちんと紹介した。
「 あと この子も紹介しとく
吉田千鶴ちゃん ちー って呼んでんだ
ちびの頃から妹みたいに可愛がってんの 」
彼はいつもこんな調子で接してくれたのだ。
「 娘みたい 」ったって 娘じゃないし
「 妹みたい 」ったって 妹じゃないし
ほんと親戚でもなんでもないし
こんな大事な家族水いらずの日に
近所の子がなんだってんだ?
吉田が小学3年生の頃に徹に恋をした時から、彼はどんな時でも笑顔で迎え入れてくれた。
あの頃 徹のまわりには よく彼女がいたけれど
どれも そんな長くは続いてなくて
つきあっても それだけだと思ってた
だから あたしの夢はいつも「 徹のお嫁さん 」だった
だけど あたしの夢を叶えるのは あたしじゃないんだな
腰を上げた彼女はチャイムを押せぬまま、首に巻いたマフラーを寂しそうに翻した。
いつも歓迎してくれる。
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