6巻 episode 22. ミニスカート
日曜日は兄が札幌に戻る日であり、真田の誕生日でもあったが、この日も吉田は真田家へ遊びに行かなかった。
この2日間に彼女が再訪してくれると思っていた兄は、これまでと異なる展開に少し考えた。
「 今度はちゃんと顔出せって ちーに言っといて 」
そう弟に頼んだ彼は、婚約者と共に札幌へと車を走らせた。
休日の間、吉田は通夜か葬式のように沈んだまま部屋に引きこもっていた。
今日も日は沈み、店の手伝いを終えた真田がランニングに出かける時間になった頃、ようやく彼女の重い腰が上がった。
誕生日プレゼントの入った手提げ袋を持ち、彼女は失恋の痛手を隠そうと気を張って真田の家に向かった。
スポーツウェアに身を包んだ彼は、時間通りに玄関から出て来た。
この暗がりであれば、彼女の少しやつれた顔には気付かないだろう。
彼女の姿を見るなり彼は、文句を付けるように言った。
「 ・・・・・・・・・・・・ 遅せーよ 兄ちゃんから伝言 『 次ちゃんと顔出せ 』って 」
彼女は頭に血が上った。
彼女が婚約者の出来た兄と顔を合わせ辛いのは当然と言える。
彼女は徹の帰省を知らせなかった真田に突っ掛かった。
「 ・・・ あんた あたしに気ー遣ってんの ケンカ売ってんの どっち⁉ 」
「 気 ・・・・・・? 」
「 あ ・・・ あたしに気ー遣って徹のこと言わなかったんでしょ! 」
「 ・・・・・・ 気なんかつかってねーよ 俺は ようやくこうなって ほっとしてる 」
彼女の呼吸は一瞬止まった。
「 ・・・・・・ なんで ・・・・・・? 」
「 これで千鶴が兄ちゃんをあきらめられるから 」
彼は吉田を気の毒だと思っていたが、安堵の気持ちの方がずっと強かった。
「 龍のアホ‼ 馬鹿‼ 」
吉田に好意を寄せているからこその発言ではあったが、彼女は望みの無い恋に同情されていたと受け取り、悲しくなった彼女は手提げ袋を彼に投げつけて走り去って行った。
月曜日になり、学校では今週も日常生活が始まった。
吉田はいつも通りの明るいおてんば娘のままでクラスメイト達に接していた。
その立ち居振る舞いからは、失恋の痛手を全く感じさせなかった。
無理に強がって自尊心を保っているのかも知れないが、下手な同情や慰めは要らない。
失恋した事を知っている矢野と黒沼は、この時はまだ彼女を見守る事しか出来なかった。
昼休みには、一人でパンを買いに教室を出た吉田を追うつもりで、真田も教室を出た。
今日の彼女は彼と全く話さず、横を通っても無視を続けている。
沢山のパンを抱えて教室に戻るところの彼女を廊下で待ち伏せていた彼は、目が合っても無視を続ける彼女の腕を掴んで強引に引き止めた。
両腕に抱えたパンは、その拍子に床にこぼれ落ちた。
昨日貰った誕生日プレゼントのお礼を言うつもりで追って来た真田。
「 わりーな おまえ顔も合わせようとしないからよ ・・・・・・ 昨日 ・・・・・・ 」
「 ・・・ 何⁉ パンといい 昨日のことといい ・・・ 謝りにきたっての⁉ 」
彼は昨夜に彼女の気持ちを軽んじたと受け取られてしまう発言を連発した。
「 ・・・・・・ 昨日のことは べつに謝るつもりはないけど 」
これを聞いた彼女は噛みつきそうな剣幕でまくしたて始めた。
「 はぁ⁉ ・・・・・・・・・・・・・・・
あんた ずっと あんな風に思ってたの?
あたしが望みもないのに徹のことすきだって思ってたの?
早く失恋すればいいって思ってた⁉ 」
「 うん 」
自分の真剣な恋を安く見られて子供扱いされて、挙句の果てには無神経な鈍い奴になめられたと思い、プライドが傷付いた彼女は掴まれた腕から龍の手を振り払って否定した。
「 あたしは最初から失恋するために徹をすきになったわけじゃない‼
・・・ あたしはね!
昨日はべつに徹に会いに行ったわけじゃないんだよ‼
それを ・・・ それをなにさ‼ ・・・・・・ あたしだって
会えるもんならもっかいちゃんと徹と会いたかった‼
・・・・・・ けど 行けないから
行けないからもう帰ってる時間に龍に渡しに行ったんじゃん‼
それを ・・・ ・・・ こんのくそばかたれが 〰〰〰〰〰〰 ‼ 」
激怒した彼女は力いっぱい体当たりをして走り去った。
「 いてっ 千鶴 パン! 」
「 いらねーよ くれてやる‼ しばらく話しかけんな‼ 」
真田は彼女が真剣に恋していた事を理解出来ていたか疑わしく、彼女の気持ちに配慮した言葉をかけられなかった。
自分の過ちに気付き、反省した彼は、その夜兄に電話をかけた。
今の彼では上手く吉田をサポート出来ないし、まだ出る幕でもない。
兄を思う彼女の強い気持ちに堪えた真田は、彼女に兄ときちんと話をして欲しいと願った。
粋な計らいができる。
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