7巻 episode 28. バレンタイン
3学期が始まり、席替えが行われた事で、黒沼は風早と席が随分離れてしまった。
彼と話す機会が急に減った事に、内心寂しく思っていた彼女ではあるが、打ち解け易い印象に少しずつ変わってきていた事から、席替え後も周囲に上手く馴染む事が出来ていた。
このクラス内で彼女が以前のように避けられる事はもう殆ど無く、風早の御役は御免になったと周囲から言われるようになった。
そんな毎日を送る中、特に進展しない二人の関係にピリオドを打つには絶好の機会が訪れる。
2月14日のバレンタインデーである。
彼女は友達や先生の他、特に大好きな風早に気持ちを込めたチョコレートを貰って欲しくて、今までのお礼という名目で手作りチョコレートを用意した。
そして、その日はやって来た。
いつにも増して賑やかな朝の教室に到着した風早が、早速女子達から癒しの声をかけられた。
「 あっ 風早 ―――! チョコあるよ ――! あげる ――‼ 」
愛嬌ある心優しい女子達が、皆に義理チョコを配っているのである。
見れば既に数名の男子達が幸せを噛み締めながらチョコにありついている。
「 サンキュ ―― ‼ 」
彼女達の朗らかな微笑みとチョコに誘われて、風早も負けじと喜んで歩み寄って行った。
そのチョコを嬉しそうに摘んで食べている彼を遠目で観察していた黒沼は考えた。
彼に上手くチョコレートを渡すには、私は一体どうすれば良いだろうか。
義理チョコをあげた彼女達と同じ様に、自然にチョコレートを渡せれば良いのだろうか。
しかし、今までのお礼としても、この手作りチョコレートには恋心が込められている。
いくら自然に、普通に渡そうかと思ってみても、どうしても彼を意識し過ぎてしまう。
彼女があれこれと思案しているそんな時、風早に一途な視線を送っている、ある一人の女子が教室をそっと覗いていた。
彼女は付き添いの友達に励まされて勇気を出しながらも、緊張した様子で立っていた。
人目を避けた所へ呼び出された風早は、チョコレートを携えたその子から恋の告白を受けて、チョコレートを受け取ってもらえるように熱願された。
しかし彼は、その子の気持ちに応えられぬまま、教室に戻って来る事となったのである。
黒沼は、戻って来た彼の様子から、交際を断わった事を悟った。
さっき明るくもらっていたのは やっぱり義理チョコだからかな
お礼って お礼って 義理チョコ? 人情チョコ? あれ?
告白とか そういうつもりじゃなかったけど
風早くんをすきなのは間違いないし この場合 ・・・ 何チョコ?
彼女が頑張って用意したチョコは、彼女の恋心が込められた手作りチョコレートである。
黒沼は、告白をした女子が振られてしまった現実を知り、彼にチョコレートを渡す行為が自分にとって如何にハードルが高いかに気付いた。
時は淡々と流れ、気が付けば黒沼は、チョコレートを渡せないまま放課後を迎えてしまった。
緊張して何も出来なかった彼女は、今となっては仲間達と教室を出て行く風早を惜しげそうに見つめるだけだ。
しかし、ここで予期せぬ事が起きた。
担任に昇進した荒井によって、彼が職員室に連れて行かれたからだ。
これが最後のチャンスになる事を感じた彼女は、一人で学校に残り、職員室から出て来る風早を待ち構える決心をした。
義理チョコでも喜んで有難く感謝して頂く。
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