1巻 episode 3. 笑顔
黒沼の隣の席を得た事で、風早は彼女と話す機会が劇的に増えた。
彼女と顔を合わせれば、笑顔で自然に口元が綻ぶ。
黒沼と話したいから接している彼ではあるが、彼女には王子様の真意は伝わっていない。
ある日、授業中に風早は、周囲に見付からないよう配慮しながら彼女へメモ紙を渡した。
彼からのお誘いに内心喜んだ黒沼は、マルと名付けられた子犬と散歩をする約束をした。
二人は放課後でも会える事を、とても楽しみにしていた。
この日の授業が全て終わると、家に帰った二人は私服に着替え、足早で河原に集まった。
元気に駆け寄って来る子犬のマルとの再会。
表情には出ていないが、風早とマルに会えた事で、彼女は散歩がすっかり楽しくなっていた。
彼女からおやつを貰ったマルも満悦の様子だ。
二人は、おやつに夢中なマルを見つめながら話し始めた。
「 黒沼って 普段は何してんの? 」
「 あ ・・・ 勉強とか ・・・ 」
「 あははっ ヒマな時だよ! テスト前じゃなくて! 何してんの? 」
「 ・・・・・・・・・・・・ 勉強 ・・・ とか ・・・・・・? ヒマなので ・・・・・・・・・ 」
「 え‼ まじで‼ すげ ―― ‼ 俺なんか すぐ外飛んでっちゃうよ! 」
「 えと ・・・・・・・・・ なんていうか ・・・・・・ 妄想しながら わりと楽しく ・・・ 」
「 待って 何 妄想て‼ 何の‼ 」
「 ・・・・・・・・・・・・・・・ 想像するの
たとえば 隣の席の子とかが わかんない問題あったとしてね?
『 わかんない所は ここかなー 』
『 この部分がわかりづらいのかな ――― 』
『 どうしたら解りやすく伝えられるかなー 』
『 こうかな ああかな ―― 』
『 ・・・ 解ったら喜ぶかな ―― ・・・ 』
・・・ そんな妄想を繰り広げてたら いつのまにか 勉強も身について ―――― 」
「 ・・・ うん 妄想で ・・・ 終わんないよ きっと 」
普段は何をしていて、何を考えているのか謎めいている彼女を知り得た風早も、満足げだ。
翌日、中間テストが間近に迫っている風早は、解けない問題の解説を黒沼に早速お願いした。
彼女の教え方がとても解りやすく上手かったため、学年成績が常に3番以内である彼女の解説は、テストへ向けて自習中の教室全体にたちまち広まった。
感謝してくれるクラスの皆を見て、「 まっとうに役に立てた 」と、心から喜ぶ彼女。
彼女は風早にお礼を言った。
「 聞きあきてるかもしれないけど ・・・ 言いたくて ・・・ ありがと ・・・! 」
風早とは心に壁を感じないためか、笑顔が出来ないはずの彼女から、けがれの無い豊かな笑顔が出た。
彼が見た、その満面の可愛い笑顔に天使が舞い降りた瞬間だった。
心を開いてもらえる。
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