8巻 episode 30. 忘れて
黒沼は、放課後の教室で風早の好意に不手際な対応をしてしまった事を後悔した。
1年生の頃からずっと彼の力添えに支えられ、彼女自身も変わろうと努力を続けてきた事が実を結んでいる今日この頃なのに、相手が彼では肝心なところで内気になってしまう。
誰に対しても分け隔て無く、皆と同じ様に接する彼が示してくれた好意なのだから、私の抱く好意とは全く違うものだと認識する事で、彼女は自身が犯した失敗の重みと恋愛の難しさから逃げてしまう日々が続いた。
そして彼女は、隣席の男子(三浦 健人)に色々と絡まれる事が多くなった。
彼は黒沼の珍しさに興味を示し、その魅力に少しずつ気付き始めたのか、彼女と交流する事が面白く感じられる様になっていった。
そんなある日の事、目立つのが大好きな三浦は教室中の皆に言ってみた。
「 みんなー 今日 放課後 貞子ちゃん
中間の講習会やってくれるって ―― ‼
な! いーよなー! 貞子ちゃん 」
それは、黒沼に中間試験対策の講習会を、今日の放課後に開いてもらう事だった。
発案の発端は、黒沼が1年生の頃から成績優秀だったため、彼女が教壇に立った勉強会や、自作のまとめノートが大成功を収めた実績を耳にしたお調子者の三浦が、その時の思いつきで企画したのだ。
即日実施の急な話にも関わらず、風早のお陰で友達の協力を得られたために、思いのほか多くの参加者が集まった。
講習会は前評判通りに皆を満足させる事が出来て、無事成功に終わった。
参加者達から黒沼に次々と質問が投げかけられ、教室中がやる気に包まれた。
黒沼の教え方が良いために、勉強嫌いであるけれど参加してみた者達まで積極的に彼女の解説に耳を傾けた。
立案者の三浦も講習会の盛況ぶりに、狐につままれたような顔を忍ばせた。
参加して良かったと満足してくれた皆から感謝された黒沼は、役に立てた事が嬉しくて、彼女の顔には満面の笑みが自然と現れていた。
参加者達が解散して教室を次々と出ていくと、風早は黒沼にゆっくりと歩み寄った。
「 ・・・ 黒沼 ちょっといい?
・・・ あのさ 人に教えるの ・・・・・・ 向いてると思う 」
と、彼は講習会の素直な感想を述べた。
彼女は教えるのが上手いだけでは無く、その満面の笑みが象徴する様に、彼からは彼女が強く輝いて見えていたのだ。
しかし、彼を相手する今の彼女は急に上手く話せなくなっており、話しかけられて少し困っている様に見える。
「 この間 俺が言ったこと 気にしなくていーから ・・・ 忘れて 」
彼は、それだけ伝えて話を言い残すと、心持ち寂しそうに教室を後にした。
良き理解者である。
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