8巻 episode 33. 走る
中間試験を終えて、そろそろ学園祭の準備が始まる頃。
今日の風早は、昼休みに真田と珍しく二人だけで食堂に行った。
希薄にしてしまった黒沼との関係が悪くなっていく流れを肌で感じる今日この頃、どことなく元気の無い彼は、この昼休み、真田に気を遣わせる事になった。
真田は彼に起きた出来事を殆ど知らず、彼の気持ちを理解するのは難しかったが、親友なりに彼と黒沼の様子を探ってみた。
黒沼と席が離れてからも根気よく接したかった彼の気持ちは、仲間達との時間を大切にしたり彼女に話し相手が増えたりして思い通りにならなかったために焦れていた事が分かった。
進級して同じクラスになれたけれども、三浦から干渉され、吉田から否定され、近頃は黒沼の態度も怯えたように見えていたため、今の彼は黒沼への接し方に迷いが生じていた。
1年生の頃には一緒に初詣に行くほど仲良く素直に話し合えたのに、今では何故彼女の態度が消極的に見えるほど関係が悪くなってしまったのか。
それは、彼女が真剣に恋し始めた事が主に起因していると思う。
実際に、彼女は真剣に用意したバレンタインチョコレートを義理という名目で渡せなかった。
失恋をして彼の前から姿を消した胡桃沢の様になるくらいなら、まだこのままの関係、距離感でいられる方がずっと良いと、彼女が考えても不思議では無い。
食べ物を口に運んでは静かにゆっくりと会話する二人の前に、しばらくして荒井が現れた。
独身の彼も、この食堂をたまに利用している。
彼は二人の隣席に遠慮無く座った。
風早が黒沼に熱を上げている事を見抜いていた彼は、ほんの数分前、この昼休みに黒沼が花壇の前で三浦と二人きりでいるところを見かけていた。
彼からは、たらし屋な三浦が黒沼に目を着けている様に見えたのである。
風早は、担任までもが黒沼について口出してきた事に驚いたと同時に、気持ちを見透かされていた事を恥ずかく感じて、曖昧で煮え切らない返答しか返せなかった。
そんな彼の話は、取るに足らない悩みであると、荒井から揶揄された。
荒井の言葉に背中を押された風早は、昼食を急いで済ませると、吹っ切れたかのように花壇へ走って向かうのだった。
行動力がある。
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