9巻 episode 38. 届け
天候に恵まれた吉日、ついに学校祭が開幕した。
風早のクラスが企画した1日目の出し物は、【貞子の黒魔術カフェ】と言うものだった。
いつもの教室は、黒い布で覆われたために外光を遮られ、暗くて怪しげな雰囲気の漂うカフェへと様変わりしていた。
室内には、これまた黒い布で囲われた一画が設けられており、その飾り付けからして占い師の相談ブースを思わせる席には、黒いマントを身にまとった黒沼が常駐していた。
カフェと名乗るだけに喫茶空間が十分に確保されており、そこでは黒沼が花壇で愛情を込めて育ててきた様々な薬草を煎じたお茶が、安価で楽しめる。
そして彼女自身は訪問者の悩みや相談を一心に引き受けた。
このカフェは、彼女が毒気を帯びた訪問者の話を解決し、お茶で身体を中から清めて頂く商売であるが、彼女との話だけ、又はお茶を啜るだけで来ても構わないのである。
本当の黒沼がどんな人物かを知らない者からすれば、まだ陰気な印象が強い彼女ではあるが、霊感が強いとの噂のせいか、彼女には不思議な力が備わっていると信じている者達が、この日ばかりは悩みや相談などを持ち掛けて、彼女の力に肖ろうと列を成す事になり、結果として、カフェは思いのほか人気の催しとして大成功を収めたのだった。
天候に助けられた事も有り、北幌高校学校祭の1日目は、どの催しも無事に終了した。
今日は主に接客係として働いていた風早は、すっきり片付いて静まり返った教室に居残ると、窓際で一人の時間を大切にしてみた。
彼は今日を振り返り、そして黒沼の事を考えた。
彼女の頑張る姿勢は素晴らしかった。
クラスで一番と言っても間違い無いくらいだった。
彼女の仕事ぶりは決して魔女のそれでは無く、あたかも精霊の様な愛おしさが感じられた。
黒魔術カフェが成功したのも、彼女が短所を前向きに捉えて取り組んだからに他ならない。
いつも俺よりもずっと周囲から色々誤解され続けて来たかもしれないけれど、俺の知る限り、彼女は何事も諦めずに頑張って来た。
そして今回の成功の様に、いつも一人で頑張って、何とかしてしまう。
怒りっぽくて嫉妬もする俺とは正反対である彼女の、良い所を沢山見る事が出来た。
彼女が俺に憧れていたのと同様に、俺も彼女に憧れていた事に、今はもう気付いている。
俺の告白が上手く伝わらず、誤解されているかも知れないけれど、彼女は俺よりもずっと誤解されながらも諦めずに頑張って来たんだ。
それを鑑みれば、俺だって、彼女が何か言いたい事を話してくれる時が来るまで諦める訳にはいかない・・・。
彼がそんな事を一人で考えている間に、教室の戸の向こうには、ある人影がやって来ていた。
それは、本日一番活躍した黒沼である。
ここしばらくの間、自身の恋と向き合ってきた彼女にも変化が現れていた。
こわい ・・・
はずかしい ・・・
私のことをどう思っているんだろう・・・
彼の事を真剣に恋した余り、知らぬ間に自ら作ってしまった彼への壁。
彼と顔を合わせても、ろくに話せなくなってしまった関係を修復すべく、彼女は教室に一人で残っている風早に気持ちを伝える決心が付いたのだ。
風早くんが 誰をすきでも もういい!
” 今の人が最上 迷うな ”
二人で行った初詣で引いたおみくじの言葉が、それを思い出した彼女を勇気付けた。
この戸の向こうに風早くんがいる。
そう思った彼女は深呼吸をすると、震える手で唇に念じて嚙み締めた。
伝えたい
私の気持ち 全部
・・・・・・・・・ 届いてほしい
届け 届け ・・・・・・ 届け ・・・・・・
歩み寄る事が出来る。
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