10巻 episode 40. ここから
学校祭の二日目を迎えた朝 ―――
今朝の風早は、少々の睡眠不足になっているが、良好な顔色で、仲間達と元気に登校した。
実は昨夜、制作中の山車を何とか明日までに完成させるために、クラスの男子達が総出で取り組んで間に合わせたのである。
それに加えて彼の頭には、黒沼の事が思い出されて上手く寝付けなかったのも事実だった。
しかし、今日は彼にとって久しぶりと言える、とても清々しい一日になる予感がしていた。
昨日の黒沼は、本当に可愛かった。
教室内であるにも関わらず、我慢出来ずに抱き寄せてしまった。
それなのに、あのお邪魔虫が行き成り入って来るものだから、二人だけの世界が瞬時に台無しにされてしまった。
でもまあ、あれはあれで良かったのかも知れない。
もし奴が入って来なかったら、あのままでは彼女の身が危険に晒されていた事だろう。
彼は、黒沼と早く昨日の話の続きをしたかった。
核心に触れる大切な事を、二人は少ししか話せていなかった。
彼は間もなく始まる仮装行列のためにグラウンドへ出ると、そこで黒沼を見付けた。
彼女に近づいて声をかけた風早は、彼女の恋する乙女の顔が少し紅潮するのを見るや否や、自身の胸が高鳴るのを感じた。
彼は、昨日送ったメールに直ぐ返信をくれた事に礼を言った。
「 昨日 ・・・・・・ メール ありがと 」
「 ううん ・・・・・・! こ こちらこそ ・・・・・・・・・! 」
「 もう一度 ちゃんと ・・・ ちゃんと言いたい事があって 」
畏まって話を切り出す彼に、彼女は自分が考えてきた伝えたい事を先に言わなければ、その機会を逸してしまうと直感した。
「 ・・・ 私から先に言っていい ・・・⁉ 」
話したくて心が逸る彼の眼差しをしっかりと受け止めた彼女が、昨日と同じ様に勇気を出す。
「 初もうでの時 ・・・ 本当に幸せだったの
本当に ・・・ あんまり幸せで ・・・・・・ 怖くなった
風早くんを ひとりじめしたいと思う一方で
・・・ 風早くんにだけは嫌われたくないって ・・・・・・ 」
気持ちを言ってしまって 終わることも あるかもしれない
だけど だけど 新しく始まる事も きっと
きっと 相手が風早くんなら きっと ――――
彼女には、この恋の結末がどうなろうとも、彼がいてくれればそれだけで学校生活が楽しくて幸せな毎日になるだろうと想像する事が出来た。
「 ・・・ 私は ・・・・・・
ここから風早くんと 新しい関係を作りたい
ここから また始めたいの 」
彼女がそう告白した直後、「 ピ ―― 」と笛の音と共に集合の掛け声がグラウンドに響いた。
「 見ててね! がんばるから! 」
彼に出会った事で、色々な事が変わり、彼を好きになった事で、彼女自身が変わった姿を見てもらうために、黒沼は集合場所へ駆けて行った。
「 ・・・ 黒沼! ・・・・・・ すきだよ! 」
グラウンドに続々と全校生徒が集まって来ている中、彼は衣装を乱さない様に小走りで駆けて行く彼女へ向けて、声高々に言った。
彼は周囲から注目を浴びても、それを気に留めはしなかった。
彼はこれまでの迷いや悩みが嘘だったかの様な晴れ晴れとした気分で、もう何もかもが上手く行きそうな気がして有頂天になっていた。
黒沼が可愛い事は、俺が一番に気付いていたんだ!
絶対に、誰にも彼女を渡すものか!
彼の人目を気にしない応援の姿勢には、そんな心情が込められている様に思えた。
良い未来を想像してもらえる。
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