11巻 episode 43. いたから
風早と黒沼の恋の行く末を案じていた人物は、矢野と吉田、真田だけでは無かった。
お節介を焼いて迷惑をかけてしまった三浦の他に、邪魔だてを得意としてきた胡桃沢の沈黙、それに荒井からは、もどかしさを感じさせる二人への助言が有った。
教え子の恋の告白が成功して安堵していた彼は、清掃時間に体育教官室で風早と話した。
見事に二人を交際するに至らしめた力量を自負する彼は、風早に感謝の言葉を求めてみた。
リトルリーグの後輩で有り、自分の教え子でも有る風早をからかう事の多い荒井ではあるが、今回ばかりは風早も彼に幾度となく助けられた事を認めずにはいられなかった。
「 ・・・ ありがとうございます 」
風早の素直な態度に機嫌を良くした彼は、自慢げに貴重な恋愛持論を展開し、役立てて欲しいと言わんばかりに、冗談を交えて更にアドバイスを施した。
恋愛経験が乏しそうに見えて、それでいて自信に満ちて暑苦しく語る体育教師の彼が、恋愛についてどれだけ理解しているのか甚だ疑問であるが、彼は人生の先輩として、可愛い教え子のために恋愛法則の一つを伝授したのである。
この日、風早と黒沼は一緒に帰る事にした。
ゆっくりと自分の歩幅で歩く黒沼と、それに合わせて隣で自転車を押して歩く風早。
過去にも一緒に歩いた見慣れている帰り道が、恋人同士になった今はそれも変わっていた。
彼女が夢心地で幸福に浸っている一方で、心の拠り所となっていた風早を失った現実を悲哀に揺れてハンカチに頼る女子が大勢いる事を、彼女は思い出していた。
彼女は今日一日で、彼が中学生の時から如何にモテてきたのかを痛感した。
少し前に、風早には好きな子がいるという三浦の話を聞いたせいで、失恋の気持ちを痛い程に知っている彼女は、失恋組の気持ちを既に理解出来ていた。
失恋組の心情を推し量り、汲み取る彼女には、彼と交際するにあたって心構えが出来た。
今、彼の隣を歩きながら恋人の自覚が芽生え始めた彼女は、これまで真剣に女性を探して来た彼に改めて尊敬の念を抱いた。
いつも安心させてくれる笑顔で手を振る彼を見送りながら、私も彼を絶対に大事にすると心に強く誓っていた。
素直にお礼を言える。
真剣な恋人探しが出来る。
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