11巻 episode 44. あの日
念願が叶い、晴れて黒沼を公認の恋人にした風早。
彼は、これから始まる彼女との新しい高校生活に胸を躍らせた。
春の入学式に彼女と出会ってから1年と3ヶ月余り。
彼はいつ、どこで彼女を好きになったのか、どうして好きになったのかを思い出してみた。
決して楽ではなかった道のりを、彼女に出会った時の記憶から丁寧に紐解いた・・・。
黒沼は、どことなく不思議な女子だった。
初めて出会ったあの時見せた彼女の笑顔は、他の女子達のそれとは違っていた。
とは言っても、その時はただ、他の女子とは何か違う清楚な可愛い笑顔と感じただけだった。
それでも、彼女の笑顔は彼の記憶に焼き付くには十分な印象を与えた。
周囲から敬遠される事の多かった彼女ではあるが、彼は周囲の冷たい反応や根も葉もない噂に同調する様子は無く、時には彼らを非難して、黒沼の人となりを尊重していた。
彼は周囲から疎外されてしまった彼女に同情しても、浮いているとは思わなかった。
いつも自立していて、何でも自分でやってしまう強さを感じさせる彼女を、尊くて偉い人だと思っていた。
そんな彼は、知らず知らずのうちに彼女をよく観察し、度々考える様になっていった。
彼女は一人が好きなのだろうか?
どうしてあの時の笑顔を全く見せないのだろうか?
どうして遠慮しているかの様に、可愛い素顔を隠しているのだろうか?
どうして誰かに押し付けられている訳でも無いのに、色々と働いているのだろうか?
もしかして今、彼女を怒らせてしまったのだろうか?
もしかして、彼女に嫌われているんじゃないだろうか?
どうして彼女に目を見つめられただけで、何かが込み上げて照れてしまったのだろうか?
一体彼女の瞳に何を感じたのだろうか?
彼女の瞳には、俺がどう映っているのだろうか?
そして、いつもは何を映しているのだろうか?
黒沼の存在は、彼にいくつもの問いを投げかけた。
黒沼と話をしてみたい。
彼女は何を見ていて、何を感じて、何を考えて、どんな事を喋るのかとても興味が有る。
それからというもの彼は、以前にも増して彼女に対等に近づく努力をする様になった。
彼女の事を知れば知るほど、もっと知りたくなる。
女子にこれほど興味を惹きつけられたのは、今までに全く無かった事だ。
こんなにも美しいと感じた人を、俺は今までに一度も見た事が無い。
俺にあの時見せてくれた笑顔を、もう一度見てみたい・・・。
こうして彼は、日に日に黒沼にのめり込んでいき、恋を自覚していった。
自問自答していたあの頃、解決出来なかったいくつかの謎。
でも今は、その答えを見つけ出している。
あの時見せた彼女の笑顔は、天使の微笑みと言えるほどに清らかで癒される笑顔だった。
彼女への疑問が少しずつ解決し、彼女への理解が少しずつ進んでいく中で、風早は彼女の瞳に何を見たのかをわかった気がした。
自分とは別の世界で生きて来た彼女の事を知る度に、新たな自分が発見され、それが己を成長へと導いてくれる。
厳しい困難に遭っても、いつも自分で立ち上がって来た君の隣に、これからは俺もいる。
強くて優しくて、美しい君に少しでも近づきたい、届きたいと願う風早だった。
誹謗中傷しない。
好きな人と同じ目線で対等に接する。
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