12巻 episode 47. ちょっとだけ
北海道に短い夏が訪れていた。
夏が来れば、海に山に花火大会などの夏祭りにお盆などの行事、そして日々いくつもの風物詩にしみじみと夏を感じながら、楽しい事を沢山したいもの。
しかしながら、夏の貴重な長期休暇だからこそ、有意義に毎日を送る事が好ましい。
学業が本分である北幌高校の2年生達は、夏休みを迎えても浮かれていられなかった。
黒沼達の夏休みは、お盆を迎えるまで夏期講習に出席する予定になっていた。
本日の講習を全て終えた彼女は、このまま帰宅するのは物足りなくて、心の癒しを求めた。
つまり、風早と一緒にいたかったのだ。
交際する事自体、何をしようか迷っていた彼女は、矢野の話を参考にして風早を誘ってみた。
「 あの ・・・・・・ 帰りに図書室で課題を一緒にやりませんか ・・・ 」
彼女からの思いも寄らない誘いに、風早は快く彼女に意欲を見せた。
二人は図書室に入ると、向き合って椅子に座り、黙々と課題に取り組み始めた。
静かな図書室には、二人だけの清浄な空間が広がっていく。
二人に私語は無く、紙をめくる音や筆記する音だけが、しばらく続いた。
順調に問題を解き進める彼女は、つい癒しを求めて風早を意識してしまったが、それでも彼に気付かれない様に粛々とペンを走らせた。
落ち着いて問題を解く風早も、内心いつも通りではいられなかった。
彼の方も黒沼に悟られない様に、時折そっと彼女の様子を伺っていた。
今日一日を講習に費やした彼だって、彼女を相手に疲れを取り除きたかったのだが、集中力を欠いて彼女に気を取られる訳にはいかなかった。
それに、彼は成績の良い彼女の勉強を邪魔しない様に配慮しているかに見えた。
標準的な成績の風早は、どちらかというと勉強よりも体を動かす遊びを好む男子であったが、目の前で課題を着々とこなす黒沼を見ているうちに、彼の意識にある変化が表れた。
成績が優秀で真面目な黒沼の彼氏になった事で、彼は勉強に対する意識がこれまでと同じではいけないと感じたのかもしれない。
黒沼の彼氏に相応しくなるように、もっと努力していこうと思い始めたのかもしれない。
彼女に刺激を受けた風早は、自然に集中して課題に取り組んで捗らせるのだった。
課題を終えた二人は、心地良い開放感の中、夕焼けの帰り道を仲良く一緒に歩いた。
しかし彼女は、風早と一緒に帰るだけでは満足出来なくなっていた。
一緒に課題に取り組んでみても、彼女の心はまだ満たされていなかった。
もっと 一緒にいたいな もっと そばに
自分を大事にしてくれる彼の横顔を隣で見ていると、ますます彼に甘えたくなる。
彼女は、自慢の彼氏と恋人らしく手を繋いで帰りたくなった。
・・・ちょっとだけ さわっても いい?
彼女の手がゆっくりと少しずつ、隣を歩く彼の手へと、そっと伸びて行く。
二人で育てた恋の果実の甘い香りに酔いたい黒沼は、もっと風早に近づきたい気持ちを抑える事無く、欲望がじわじわと彼女の心を支配していった。
交際を始めてからも自分の成長する努力を怠らない。
相手に歩調を合わせる。
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