12巻 episode 48. 普通に見える?
夏期講習の帰り道、黒沼は感情の赴くままに、風早へと手を伸ばした。
その手に触れられた彼は、彼女の女の子らしい欲求を理解して、隠せない程に照れくさくても彼女と手を取り合い、そして時には見つめ合って一緒に歩いた。
彼は人々とすれ違う時には恥ずかしさに襲われながらも、平常心を装って歩いた。
彼女の帰路に合わせて寄り道し、二人はそのまま黒沼家の近所に有る商店街に差し掛かった。
残念ながら、彼女の家までもう少しだ。
彼女の住まいは北幌高校に徒歩で通える程の近辺であるため、本音はもう少し一緒に手を繋いでいたかった。
そんな時、夏の暑さに負けない位に熱くなった二人の背後から、不意に声をかける者がいた。
「 ―――― 爽子? 」
二人が声のした方を振り返ってみると、そこには買い物帰りの彼女の母が、少々驚いた様子で立っていた。
咄嗟に繋いでいた彼の手を振り解き、戸惑って受け答えする彼女の様子に、彼は自分の存在をまだ母に何も知らせていない事を悟った。
こんなイケメン君が、まさか・・・
うちの子にちょっかいでも出しているのかしら・・・
母の顔色からは、そんな風に思っていそうな不安な表情が見て取れた。
これを見逃さなかった彼は、すぐさま礼儀正しくはきはきと挨拶を始めた。
「 初めまして! 黒沼さんと同じクラスの風早翔太といいます!
・・・ 黒沼さんと おつきあいさせてもらってます! よろしくお願いします! 」
自己紹介が済み、彼がどういうつもりで娘とつき合っているのかを理解した母は、彼の爽やかで明朗快活な対応に不安を払拭され、彼に好感を持ち始めた。
母は、娘と彼のやり取りを見ていて、彼がどんな人物なのかをおおよそ把握した。
娘に対する彼の思いやりに印象を良くした母は、彼に色々と話を聞きたくなり、是非ともと、夕食に招待してみた。
こうして彼は、緊張しながらも黒沼家に呼ばれる事となった。
そうと決まれば彼の行動は早かった。
彼は黒沼家でご馳走になる旨を伝えるために、その場で自宅に電話を入れると、隣では彼女も携帯電話で、父に彼氏を連れていく事を伝えていた。
父と話す彼女の様子を見ていた彼は、父の話が聞こえなくても彼女が大切に育てられて来た事を何となく感じ取っていた。
以前から感じていた事だけに、今になって驚きはしなくても、緊張感は倍増させられた。
突然の、願ってもない好機会を引き寄せた彼は物怖じする事無く、黒沼を安心させる事だけを考えた。
三人は黒沼家の近くまで来ると、すれ違う近所の人達に親しげに話しかけられた。
彼は持ち前の人当たりの良い性格で、礼儀正しく愛想良く、嬉しそうに挨拶した。
彼女が普段どの様に近所の人達と接しているのかを計り知る事が出来て喜んでいた。
もうすぐ彼女の父とのご対面が待っている。
手に汗握る急展開を迎えた彼は、かつてない程の緊張感に襲われ始めた。
会えた事を嬉しそうに伝える。
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