13巻 episode 51. 夏と海
夏休みの続くある朝、風早はいつも通りに夏期講習に出席した。
彼は教室に入って皆に明るく挨拶を交わすと、窓際の前席に座っている黒沼達に目を留めた。
今日は彼女に伝えたい事が有る。
彼は彼女達にも挨拶すると、空いている隣の席に落ち着いた。
彼が男子の仲間達と一緒に座らずに、勉強の出来る黒沼の隣を選んだのは正解だった。
彼女の隣であれば、講習にも集中で出来る他に、健全に交際している姿を周囲に見せる事で、まだ信じたくない他クラスの生徒達に何かと誤解されるのを防ぐ効果が期待出来る。
しかし、彼は一つ失敗をしたかに見えた。
直ぐに彼女に伝えれば良かったものを、講習を終えるまで後回しにした事だ。
彼がその事を伝えようとしたその時、別の教室で補習を受けていた吉田が割って入って来た。
今日の補習を全て終わらせた彼女は、目も当てられない程に衰弱し、暗く沈んでいた。
矢野と黒沼に甘える彼女は、遊んで欲しいと不満を頻りに訴えている。
勉強の苦手な彼女は夏休みが始まって以降ずっと補習漬けの毎日を送って来たために、夏休みらしい楽しい事をまだ何も出来ていない事からストレスを溜め込んでいたのである。
うっとうしい位に彼女が騒がしく不満を訴える様子に、女の子にだけは博愛主義な立場を取る三浦が不意に話しかけてきた。
「 じゃあさ 海にでも行こっか? 」
突然しゃしゃり出て来た彼の提案に賛否両論有ったが、黒沼が恥ずかしそうに行きたい意思を伝えると、それまで反対していた矢野や風早も提案に同意した。
そして、今日の講習と補習を終えた一同は、観光客で賑わう夏の海に集まった。
皆で集まった夏の海で、清々しい潮風に包まれた黒沼が青春を感じていると、矢野がスカートの丈を膝上まで上げてくれた。
今時に合わせた彼女の制服姿から伸びる素足が披露されると、彼は顔を熱くして、彼女に一度も口にした事の無い言葉をささやいた。
「 かわいい 」
華奢であり、まだ色気が無くて自分に自信の持てない彼女は、彼が女子に対して普段言わないこの言葉に勇気付けられると、照れ隠しに一人で砂浜を歩く彼の後を追った。
誰の目から見ても、仲の良い高校生カップル。
砂浜に座って一緒に遊び始めた彼は、どうして海に来たかったのか尋ねてみた。
彼女は青春に憧れており、仲間達と海で遊ぶ事が青春そのものであると感じていた。
彼は海へ行く事に賛成した理由に納得して、また一つ彼女を知って喜んでいた。
結局、彼は言いたかった事を彼女に伝えぬまま海に来てしまったが、それでも彼女と青春している事に満足していた。
彼女が冗談を言う程に、夏と海は二人の関係を進めてくれた。
彼は膝に付いた砂を払い落として立ち上がると、手を差し伸べて彼女を引き起こした。
「 ・・・ 海 ちょっと入ってみよ! 」
彼は優しく繋いだ彼女の手を引くと、打ち寄せる波に足を入れて、楽しく青春を感じていた。
彼女をリードすることが出来る。
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