13巻 episode 53. 名前
風早は、黒沼の協力を得て課題を早く終わらせようと試みた。
しかし、彼女を自宅へ招待してみると、いざ課題に取り掛かろうとしても、通じ合う二人の情が甘い香りを放つ花園の世界を作り出し、課題に全く手を付けられない。
彼は途切れぬ会話を進めていくうちに、じわじわと彼女の中毒に陥り始めた。
彼の部屋で二人きり、恥ずかしがり屋で純粋な可愛らしい女の子の表情を見せる彼女。
話は尽きる事無く続き、彼の恋愛中毒が深刻な状態となったその時、幸運にも店にいる母から彼の携帯に電話がかかって来た。
「 透太たちのとこに アイス差し入れしてきてよー‼ 」
今日は土曜日であり、リトルリーグの練習に参加している弟の透太とチームメイトの子供達、そして監督の父にいつも差し入れをしているために、母が息子に頼んだのだった。
人一倍に頑固で癖の強い父と、腕白盛りな弟を紹介するのは不安な彼であったが、手つかずの課題をそのままにして、彼女を連れて河川敷に有るグラウンドへ出かける事にした。
入道雲の映える青空の下、道の途中で彼女が父と弟について尋ねてきた。
彼は自分が小さかった頃にそっくりな弟と、母と荒井にだけは似ていると言われてしまう強面の父を、当たり障りの無い言葉で彼女に説明した。
( 過去の風早くんと 未来の風早くん‼ )
都合の良い所だけを話した彼の説明を深掘りしないでそのまま解釈した彼女は、これから辛口の歓迎が待ち受けているとは露知らず、父と弟との初めての対面に胸を弾ませた。
グラウンドに近づくにつれて、子供達の元気なかけ声が二人の耳に届いて来る。
彼が姿を見せると、かけ声を歓声に変えた子供達が練習を投げ出して、アイスを目掛けて一斉に集まって来た。
その中には、彼に一際そっくりな年の離れた弟である透太の姿も有った。
しかし残念ながら、兄に似ているのは容姿だけである弟は、初対面の彼女に失礼な事を得意げになって散散に吹いた。
そして、兄のげんこつを警戒するなり素早く仲間達の中に逃げ込むのだった。
弟の失礼な言動を彼女に申し訳無く思う彼であったが、こちらにゆっくりと近づいて来る父の姿が目に映ると、直ぐに気を取り直して引き締めた。
将来の彼の姿を思い描いていた彼女の期待は見事に裏切られた。
彼とは似ても似つかぬ、なんとも無愛想で厳しい形相をした鬼の様な監督が目の前に現れたからである。
父が彼女に一切手加減しない厳しい口調で尋ねると、彼は手強い父に用心して彼女を紹介したのであるが、良かれと思ってした事が裏目に出た。
彼女に直接話しかけている父を前にして、もはや息子の出る幕は与えられていなかった。
彼は女性への配慮に欠けた粗暴な言葉使いの父に対して腹を立てながらも、威厳に満ちた父に頑張って自己紹介を始めた彼女を黙って見守った。
普段は言葉少なめで自己主張も控えめな彼女であるが、理性的な性格が幸いしたのか、この時ばかりは怖気づく事無く驚くほど沢山の話が理路整然と彼女の口を衝いて出た。
父はいつまでも頑張って話し続ける彼女を止めると、後はいくつか質問しただけだった。
「 爽子 おまえは何食うんだ 」
「 えっ じゃあソーダの ・・・ 」
「 何言ってんだ アイスまんじゅう食え 旨いから‼ 」
好物のアイスまんじゅうを勧める父は、逃げ出さずに向き合っていける姿勢の見られた彼女を気に入ったのか、アイスを食べながらしばらく二人で何やら会話を続けた。
彼女への無粋な態度が残念で許せない思いの彼であったが、この様子を見ているうちに、ある事に気付き出した。
また、グラウンドに目を向けてみれば、アイスを食べ終えた休憩後の練習だからといっても、いつも以上に張り切り、明らかに格好をつけながら練習に励む弟の姿が見られる。
父と弟は、これでも彼らなりに彼女を歓迎してくれているのだ。
そんな父と弟の様子を見ていた彼は、自然に憤りが治まっていくのを感じていた。
メンタルが強い。
[ 広告 ]
北海道・十勝 花畑牧場
産地にこだわり、素材にこだわり、製法にこだわり。
こだわり抜いた美味しさで、皆様を元気で幸せにするお手伝いをしたい。
北海道・十勝の大自然の恵みに、心からの感謝をこめて。