14巻 episode 57. キス
―― 修学旅行の3日目 ――
風早達は、沖縄の伝統に触れる事の出来るテーマパークを訪れた。
彼と班を組んでいる男子一同は、食べ物やお土産に関しては大変興味を示す所であったが、 沖縄独自の文化や伝統芸能の体験となると、ゲームの方が面白味を感じる年頃なのか、今一つ気が進まない様子だった。
それに対して女子達は、意欲的で元気一杯だった。
彼女達は、見るもの聴くものの全てが初体験となる沖縄を積極的に楽しめていた。
そのため班行動は自然に男女別で見て周る事になった。
そこで彼女達は、数ある体験プランの中から各々が一番興味を引くものを選んだ。
沖縄音楽に惹かれた矢野と吉田は三線に触れてみたいのに対し、黒沼はオリジナルシーサーの置物を手に入れたかった。
せっかく沖縄まで来たのだから自分の希望するプランを体験しようという事になったのだが、黒沼が自分の意見を曲げたために、二人は彼女を突っぱねた。
一人は今でも好きだし慣れてもいるけれど、一人でシーサーを色付けするのは寂し過ぎる。
そんな彼女の気持ちが言葉に現れていた。
「 でも 私もみんなとキャッキャしたい‼ 」
一人は嫌だと真剣に訴える彼女に、吉田は図った様にある人物を指差して、サラリと答えた。
「 爽子はアレとキャッキャしなよ 」
吉田にアレ扱いされ、黒沼の相手に任命された人物は、もちろん風早だった。
吉田の指名に「 えっ? 何? 」という表情で何も知らない素振りを見せた風早であったが、本当は「 よし‼ チャンス来た‼ 」と思っていても、おかしくなかった。
今一な顔である腰の重そうな男子達と温度差を感じていた風早にとって、黒沼とデート感覚で沖縄文化に触れながら学びを得た方がずっと意義の有る事だった。
斯くして彼は、思い出の品にするには打ってつけとなるシーサーの置物を手に入れるために、彼女と色付けを体験する事になった。
彼のお陰で危機を逃れた彼女は、ご機嫌な様子で仲良く店の席に着いた。
彼は筆を執って楽しそうに色付けしている彼女の様子に満足しながら自分も筆を走らせた。
割と几帳面に躾けられた彼が塗ったシーサーは見映え良く完成したのであるが、何故か彼女が手掛けたシーサーは塗り方が粗く、はっきり言って超が付く程の下手に仕上がっていた。
しかし、これは芸術センスの無い者が自分の価値観で決めつけてはならない事例とも思える。
彼女は趣味にしている程に絵を描く事が好きで、それなりに美術の心得が有りそうだった。
それに、見る人によっては彼女のシーサーがとても味の有る作品に映る事だろう。
実際に、この世には一般人では理解出来ないアーティストの作品が沢山存在している。
風早には彼女の作品に芸術性が感じられたと見えて、完成させたシーサーを彼女と交換した。
「 うれしーよ‼ かざる かざる‼ いー思い出できた‼ 」
自分の粗いシーサーを渡してしまって本当に良かったのか申し訳無い気持ちの彼女をよそに、笑顔の彼は手に入れた個性的なシーサーを本当に気に入っている様子だった。
色付け体験を終えた仲良しカップルは、身を寄せて話しながら仲間達の所へ向かった。
夏の頃にはまだ一人分開いていた二人の距離が、いつからなのか動けばぶつかってしまう程に縮んでいる事を、彼は気付いていなかった。
欠点も認めて受け止めてあげられる。
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