14巻 episode 58. どんな顔で
夜も深まったところで、入浴後の風早達に寛ぎの時間が訪れた。
今日も楽しく有意義に過ごせたのは何も黒沼のお陰だけでは無く、仲間達の協力も有った。
そんな素晴らしい仲間達には先に部屋へ戻ってもらい、残った彼は一人で長椅子 に腰を掛け、黒沼がお風呂から上がるのを待つ事にした。
彼は一日の終わりに彼女の顔を見て、「 おやすみ 」くらい言っておきたかった。
お互いに飾らない心で、素のままに付き合ってきた二人。
二人は交際を始めてからここまで些細な事さえ無く仲良く順調にやって来られた。
それ故に、彼女との相性の良さを感じていた彼は、恋愛が楽しくて彼女に夢中になっていた。
しかし、彼女は既に乾いた髪を弄りながら待ち続ける彼の気持ちを焦らすかの様に、なかなか姿を見せてくれない。
それどころか、いつの間にか周囲は人影さえ見られなくなっていった。
夜も遅い時間になり、彼女達はとうに部屋へ戻っていた様だと思い始めた彼にとって、連絡は携帯電話を使うのが良いかと思われた。
そのため彼も、そろそろ部屋へ戻るつもりでいたのであるが、そんな時に最後の一人となっていた彼女が、ようやくお風呂場から姿を現してくれた。
矢野と吉田が先に上がり、彼女は長い髪を乾かすためにゆっくり時間をかけていたのだった。
彼女は珍しく一人でいる彼に直ぐ気が付くと、不思議に思って話しかけた。
「 あ! 風早くんも今 お風呂あがり ⁇
女子はもう私 最後で ・・・ あれっ 他のみんなはっ 」
彼女は恋人になっても相変わらず慎ましく謙虚でいてくれるため、彼が自分を待っていたとは思いもしなかった。
そんな奥ゆかしい振る舞いの彼女が、彼にはとても愛らしく思えた。
「 はは 偶然じゃないよ! 待ってたんだよ
でも なかなか来なかったから もー帰っちゃったかなーと思ってた
そろそろ俺も帰ろっかなと思ってたとこ! もー男子もみんな行っちゃったよ! 」
「 えっ あっ じゃあ待たせちゃったね‼ わ ―― 」
「 ちがうんだよ いーんだよ ・・・・・・ い ―― の!
俺が ・・・・・・・・・・・・ ちょっと顔見たかったっていうか ・・・・・・・・・・・・ 」
待たせてしまって申し訳なさそうに謝る彼女の顔が愛しくて、彼は今ここに一人で待っている訳を正直に話すのが急に恥ずかしくなって来た。
「 ・・・・・・ いや うん ・・・・・・ そういうこと 」
彼は再び長椅子に座り込んだ。
気持ちを察してくれない彼女になんだか愛をさらけ出さなければ伝わらない様で、説明する事が照れくさくて仕方がなくなっていた。
しかし、彼のたどたどしくなってしまった説明は彼女を想う純粋なメッセージとなって、彼女の胸にひしひしと響いた。
私に夢中で熱を上げている彼の心中を垣間見た思いの彼女は、何も言えなくなって隣にそっと腰を掛けた。
彼に気を許した分だけ、彼女のパーソナルスペースが狭くなる。
彼女は自分でも驚く程に、彼と密着して座っていた。
もう誰の姿も見られない通路の長椅子に二人寄り添って座り、愛には愛で応えようとした彼女の献身的とも言える行動が彼の胸を激しく高鳴らせた。
その激しき鼓動が彼女と触れ合う腕から熱と共にはっきりと彼女に響き伝わる。
彼女の洗いたての髪から伝わる女の子の香りが更に彼を刺激する。
この状況に身を置き、全身に響き広がって行く欲望を抑えきれなくなった彼は、彼女の綺麗な髪にゆっくりと手を伸ばし始めた。
恋愛中毒の症状が顕著に現れ始めた彼には、もう理性を保つ力が残されていなかった。
まるで彼から催眠術にでも掛けられてしまったかの様に見つめられたまま固まってしまって瞳を逸らせないでいる彼女の、髪から頬にかけて柔らかい肌と体温を感じ取る様にそっと触れてみると、彼は吸い込まれそうな瞳を閉じてくれるよう彼女に頼むのだった。
一日の終わりには彼女に連絡をするタイプである。
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