15巻 episode 63. 終わらせろ
真田と吉田は、小学校に上がる前からの長い付き合いである。
近所に住んでいて、母親同士の仲が良く、彼の兄の徹は吉田の兄と同い年である事も有って、真田家と吉田家は何かと交流が深かった。
幼少の頃はのんびりしていて口数の少なかった彼は、当時から穏やかで優しい性格であった。
感情が表立つ事も少なく、周囲からすれば理解するのが難しい所があった様で、そんな時には彼の人となりを知る彼女が良き理解者として彼を応援してくれた。
そんなある日の事、突然の大きな不幸が真田家を襲った。
母が不慮の事故に遭い、若くして他界してしまったのである。
辛くて悲しいこの時期、何一つ弱音を吐かない真田家に、吉田家が力になり一緒に困難を乗り越えてくれた。
この様に、二人は親友や姉弟と同然に力を合わせて生きて来たのだった。
今日は一人で静かに穏やかな海を見つめながら過ごした吉田は、結局どうすれば良いのか一人では何も答えを導き出せなかったのであるが、仲間達に支えられた彼女には、ある一つの決心がついていた。
二人の問題は、ぶつかり合いながらでも二人で解決するという彼女らしい選択である。
このまま気持ちの問題が解決されずに時が流れてしまい、自身は忘れていったとしても、彼の気持ちを軽んじる態度を続けていく事は望まなかった。
考えてもわからないのであれば、思った事を行動しよう。
部活動を終えた彼が空腹で帰宅すると、玄関の前には彼女が帰りを待っていた。
彼は、いきなり彼女から手提げ袋を突き出された。
その中には、彼女が差し入れにと腕を振るった作りたてのおにぎりが入っていた。
今日欠席した彼女を心配して風早を向かわせた事へのお礼なのか、それとも本当に彼女の言う通りに少し早い誕生日プレゼントなのか、真相は不明であるが、彼と顔を合わせ辛い今の彼女にとって、昔から二人の絆を深めて来た手作りおにぎりが両者を引き合わせてくれた。
彼はぶっきら棒に話す彼女を前にしても、おにぎりに心がこもっているのを感じ取っていた。
おてんばな彼女でも、時には彼にだけ女の子らしい優しい思いやりで応援してくれる。
普段は静かで感情を表に出さない彼が、この時は温かくて優しい眼差しで彼女を見つめた。
( 俺は千鶴のそういうところが昔から好きなんだ )
彼は、まるでそう言っている様だった。
「 何見てんだよ‼
見んなよ‼
見てんじゃ… 見んな‼ 」
惚れた女を見つめる彼の眼差しに、恥ずかしくなった彼女は取り乱してしまい、髪で隠した顔に手をかざした。
「 なんで すきだとか言ったんだよ
そんなこと言ったら終わるじゃん
今までの関係が終わるじゃん
あたしはっ 大事だったよ
すごく大事だったよ!
でも もう終わるんだよ‼
だって 龍に会うたび思うんだよ
今まで 考えたこともなかったことを
こいつ あたしのことすきなのかって ――― 」
彼は話を遮る様に、語気を荒立てて言い返した。
「 思えよ
・・・・・・・・・ 思えよ
あの時 告白しない理由が なかった 」
彼は、彼女の両腕を掴んで引き寄せると、彼女をしっかりと見つめて思いの丈をぶつけた。
「 終わらせたかったんだよ
終わらせろ! 」
長い付き合いでも、今までに見た事の無い迫力を帯びた彼の剣幕に、彼女は圧倒された。
彼はすぐに落ち着きを取り戻すと、彼女と見つめ合い、言って聞かせた。
「 やっと 始まるんだ 」
スポーツマンである。
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