16巻 episode 66. 大事
風早は、黒沼を家の近所まで送り届けた。
この時の彼からは、ぎこちないというよりも、よそよそしさが感じられた。
階段の踊り場では、心配してくれた可愛い彼女につい気が緩んで我慢出来なくなる事を恐れた彼は、不安そうに見送る彼女をよそに、クリスマスプレゼントを探し求めて商店街を歩いた。
そこでは彼女の父と思いがけなく出会う事になり、その後には同じくプレゼントを探していた三浦にも声をかけられた。
三浦は結構なやり手であるが、今回気にかけている標的となる女の子は、これまでの女子とは違って一筋縄ではいかない様で、プレゼントを選ぶにも、何にすれば喜んでもらえるのか思案している所だった。
それで、偶然見かけた彼に尋ねてみれば、何か良い情報が得られるかもしれないと思い、是非ともと彼をお茶に誘ってみたのだった。
彼らは最寄りのおしゃれなカフェに入り、温かい飲物を注文した。
三浦は彼とサシでお茶できる事に喜んだ。
タイプは違えどモテる者同士として風早に一目置いている三浦から見ても、彼は信頼出来た。
「 ・・・・・・ すきな子が できたんだよね ―――――― 」
と、そんな彼に話を切り出した。
「 風早に ちょっと 聞きたい事があって
・・・ あやねちゃん ・・・ あやねちゃんなんだよ 」
大らかで明るくて、お喋り好きな三浦が頬杖を突いてシリアスな表情を浮かべたかと思うと、窓の外で舞い降る粉雪を眺めながら、一つため息をついた。
こうして三浦先生の人生経験を踏まえた恋愛談義が二人の間で始まった。
三浦は矢野が内面を見せたがらずに、手を伸ばしても逃げられてしまう事に悩んでいた。
矢野の事が分からないままでは、喜ばれるプレゼントも選べやしないと困り顔を見せた。
三浦は、気持ちに理解を示してくれる彼に遠慮無く話を続けた。
今回の三浦は話の分かる彼に気を許したのか、想いや考えを正直に打ち明けた。
矢野について熱弁する三浦に少し引きながらも、彼は話に耳を傾け続けた。
三浦が悩みを全て打ち明けてすっきりすると、しまいには彼と黒沼の事にまで話が及んだ。
三浦の問いに対して真摯に答える彼は、彼女を大事にするとはどうする事なのか、その意味を考ながら一つ一つ答えを探している様子だった。
彼の話を興味深く聞いていた三浦は、感慨深くなって恋愛マスターの知見を深めていた。
「 ・・・ うん 思ってんのと違ったかも
風早と貞子ちゃんはさ ・・・ 似てるよ 」
他人に初めて言われた言葉に彼は、少し嬉しさを感じた。
すっかり話し込んで時間を費やしてしまい、二人は喫茶店を後にした。
「 じゃな! またいつでも話しかけてくれたら 話聞くから! 」
悩みを全て打ち明けて、自分なりの答えに行き着いた三浦は、調子に乗った冗談を言ういつもの明るい彼に戻っていた。
その夜、黒沼は元気に帰宅した父を玄関で迎えた。
彼女を見るなり父は機嫌良く話し始め、帰宅途中で風早に鉢合わせた事を伝えてきた。
父の話によると、彼はクリスマスパーティーに彼女と参加するものの、二人だけで過ごす予定は無い考えを明かしたと言うのであった。
クリスマスは決して恋人のための行事などでは無いと言いたげな父は、彼を感心していた。
しかし、今の彼女にとって、これはとても残念な知らせになった。
パーティーに参加する知り合いのカップルは、後日に二人で過ごす予定を組んでいる事から、彼女も彼に少し期待していたのである。
今日の帰りに見せた、階段の踊り場での素っ気ない態度に加えて、恋人同士で過ごす気の無い彼の考えを知り、彼女は恐怖で背筋が凍るのを感じた。
( 距離をあけてたのは 私じゃなく 風早くんの ほうだったんだ )
風早くんは、私に飽きてきているのかもしれない・・・
私が風早くんの悩みの種になっているのかもしれない・・・
と、彼女は不安に思っていた事が現実味を帯びて来た気がしたのだろう。
彼女は一人になると、襲われた悲しさで涙を我慢する瞳を手で覆った。
共通点が多い。
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