17巻 episode 68. プレゼント
ここからしばらく続く episode は、吉田 千鶴と真田 龍の他に、矢野 あやねと三浦 健人を中心にして描かれているため、この二組にフォーカスして良いと思ったところを書き記してみます。
クリスマスパーティーが始まった。
今年のパーティーは、話を聞きつけた他クラスの者も参加していた。
幹事を務める風早の仕事が功を奏し、パーティーは始まりから盛り上がってくれた。
店内を包み込むクリスマス独特の陽気で幸せな雰囲気に助けられて、この時だけは黒沼も不安な気持ちを忘れていられたのであるが、残念な事に、それも長くは続かなかった。
幹事の仕事でなかなか席に戻って来ない彼に対して、彼女は再び不安になった。
もしかして避けられ始めているのではと、不安な感情がマイナス思考を誘発する事は多い。
マイクを渡された彼女が頑張って歌っている時でさえも、彼は殆ど気にする余裕が無く仲間達の話し相手や世話などの労を取っていた。
また、やっと席に戻って来たかと思えば、彼女と会話どころか目を合わせる事さえままならず押し黙って一息ついているだけであった。
彼は交際を始めてからこれまでずっと、彼女との付き合いについて他人に尋ねられたとしても絶対に話さなかった。
勿論それは彼の考えが有っての事であるが、以前から話を聞きたがっていた参加者の一人が、彼は付き合っている事を隠したいのかという内容の発言を彼女に向けた。
この者の発言は、彼が恋人関係を解消したがっていると彼女に思わせてしまった。
楽しいパーティーを望んでいたのに不安を忘れていられたのはほんの束の間で、彼女はずっと不安に煽られ続けた。
皆を楽しませようと幹事の仕事に力を入れる彼には余裕が無く、彼女への扱いはとても彼とは思えない程に酷くて、全く良い所が無かった。
パーティーが佳境を迎えたところでプレゼントの交換タイムが始まった。
吉田はこの時のために、彼女なりに考え抜いて選んだプレゼントを用意していた。
それは、プレゼントが真田に渡るとも限らないのに彼に当たるのを願って用意した物だった。
彼女は告白を受けて以降、彼に直接プレゼントを渡すのをためらっていた。
プレゼントをあげる行為は彼を過剰に意識してしまうため、恥ずかしくて出来なかった。
交換タイムが進むにつれて、彼女のプレゼントは彼の近くまで順調に運ばれていったのであるが、彼女の狙い通りには事が進まなく、彼の隣にいた人物がそのプレゼントを手に入れた。
女子からのプレゼントを獲得した事が相当嬉しかったのだろう、歓喜の声を上げながらリボンを解くその者を見た彼女は、「 だめ‼ 」と強引にプレゼントを奪い取ってしまった。
その直後、沸いていた周囲の者達は一斉に静まり返った。
その反応から、自分のした事が如何に稚拙な行為であるかに気付いた彼女は、赤面して部屋の外へと勢い良く飛び出していった。
プレゼントを奪って逃走した彼女の慌てぶりからして、それを用意した人物は誰なのか察しのつく者には容易に推測出来た。
「 俺が行く 」
真田は後を追おうとする矢野達を引き留めて、上着を持って彼女を追った。
彼は店の入口までやって来ると、外の寒さで立ち往生している彼女の背中を発見した。
いつも手を焼かせる彼女ではあるが、彼には寒さで震える彼女の背中が無性に愛しく思えた。
彼女の背中に上着をかけてやり、手首を掴んで店内に引き込むと、救いの手を差し伸べられた彼女は驚いた猫の様につり目を丸くした。
しょうがないやつだな、まあ落ち着けよ、と彼の目が問いかけた。
じっとして見つめ合う二人に、もう自分達以外は何も目に入らなかった。
ただ店内の何処かから、二人を応援するかの様にジングルベルのメロディーが、優しく静かに流れていた。
勘が良い。
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