19巻 episode 76. 大晦日
大晦日が間近となった、ある夜の事 ―――
ベッドの上で気楽にくつろぐ風早が、携帯電話を片手に黒沼と和やかに話している。
彼は、こう見えても実のところ、今日だけで3回も雪かきを終わらせていた。
なぜなら、風早家の営むスポーツ用品店が、昨日から大雪に見舞われていたからである。
彼の父は商売気質であり、仕事に取り組む姿勢が厳しい。
父からすれば、店舗の積雪量が、そのまま商売のやる気度合を表している様なものであった。
夜明け前に起床した彼は、父と一緒に氷点下の外で、先ず1回目の雪かきを行った。
分厚く積もった雪を除く長時間の作業は、身が凍てつきそうな程に応えたに違いない。
彼にとって手伝いは、両親から経営のいろはを学べる良い機会であり、野球を止めている今となっては、雪かきが身体を鈍らせないための良い運動となっていた。
リトルリーグの監督を務める父が好みそうな、「 努力 」と「 根性 」を掛け声にしながら、息子の彼も、雪かきと店の手伝いを、体力と気力で乗り切ったのだろう。
この日の疲れを取るためには風呂と夕食だけでは物足りず、黒沼の癒しが必要となった。
それに、彼には電話で彼女と繋がりたい理由が他にも有った。
大晦日は黒沼の誕生日である事から、出来ればこの日に彼女に会ってプレゼントを渡したいと考えており、予定の目処を付けたかった。
加えて、一緒に初詣に行く約束も出来る。
しかし、冬休み真っただ中といっても、彼は朝から店と家の大掃除を毎年手伝っているため、去年の様に大晦日に会えるかどうか、今のところ、はっきりしていなかった。
31日に彼女に会うためには、文句を付けられない程にしっかり手伝い、きっちり終わらせ、油断出来ない父から追加の仕事でも与えられない様に振り切らなくてはならない。
彼はそう考えた上で、愛のために、君のために、必ず駆けつけてみせると意気込んだ。
「 え ―― 雪かき 今日3回目 ⁉ 」
「 夜中からだよ!
とーちゃん ちょっとでも積もってんの ヤなんだ
真冬でも アスファルト出てないと 気がすまねーんだよ 」
「 わ ―‼ お疲れさま ――‼
お店の方も 忙しいの? 」
「 ん ― 年内の作業がね まあ慣れてるけど
受験の時もこんなんだったもん 冬はね まあ そんなもんだよ
あのさ! 31日
少しでも時間あいたら ・・・・・・ ・・・・・・ 会いに行ってもいい? 」
「 ・・・ うれしい‼
で ・・・ でも いいの? 大変なんじゃ・・・・・・ 」
「 作る‼ 何が何でも‼ 時間‼
そいでさ 初もうで ・・・・・・ 一緒に行こ
31日の夜は無理でもさ 1日の朝とか ・・・・・・
あっ 1日じゃなくてもいいし! 」
「 行く! ・・・ 一緒に ・・・ 行こ!
大雪 降りませんように ・・・ 」
「 あー! まじでだよ ほんと!
元旦の朝さ うち 全員で雑煮食べないとだめなんだよ 」
「 あはは うちも みんなで食べるよ ~ 」
今宵の雪が止む事を知らない様に、睦まじい二人の会話も続いていた。
丈夫で健康な体をしている。
[ 広告 ]