19巻 episode 79. 底にあるもの
生きていれば訪れる、人生の様々な選択 ―――
三者面談の日が近づいている黒沼は、放課後になると、荒井のいる職員室へと向かっていた。
彼女は決めかねている進路について、深く考えている所だった。
風早が「 絶対離れちゃうんだと思ってた 」と語るまで、そんな未来を想像した事は無く、常に今を一生懸命に生きて来た彼女にとって、矢野や吉田とも離れる可能性が有る事など思いもしていなかった。
先日でも彼女は、進路についての両親の考えを知ったばかりだった。
「 もし 考えが足りなかったり 迷いがあるんだったら
いっぱい考えて いっぱい迷えばいいのにって思うの 」
母の言う様に、自分を見つめている内に浮かんできた、やりたい事への疑問。
自分を見付ける手立てが欲しくて、彼女は荒井との対話を望んだのであった。
幾つかの質問を用意して、職員室に足を運んだ彼女であったが、あいにく荒井には面談と部活指導が控えており、今の彼はじっくり話す時間を設けられなかった。
彼女がとても残念にうつむく表情を見て、荒井は彼女の気持ちを汲み取った。
「 俺 今日 夕飯ラーメンなんだよ
来いよ おごってやる 」
そんなつもりじゃ なかったんだけど・・・
なんだか、申し訳ないな・・・
でも、なんだか とっても嬉しい・・・
夜を待ちわびた彼女は、約束通りに真田の店へと赴いた。
荒井と席に座り、美味しそうな熱々のラーメンが運ばれてくると、彼女は話し始めた。
「 あの ・・・ 先生は ・・・・・・・・・
どうして先生になったんですか?
そ 尊敬する恩師とか ・・・・・・ いたんですか 」
その質問に対し、荒井からは、何か人の心を掴む深い言葉が返って来る。
心を打たれながらも質問を続ける彼女に対し、荒井の話は更に深みを増していった。
普段から荒井を尊敬していた彼女は、彼の言う『 底にあるもの 』に強く関心を寄せていた。
今夜は荒井のお陰で人生哲学なる話を沢山聞く事が出来た。
彼女は尊敬と羨望の眼差しで荒井を見送ると、彼の人生哲学に深く驚嘆を覚えた彼女に才能が覚醒し始めた。
荒井との対話を終えた彼女には、目指す未来が見えて来たのかも知れない。
空を見上げた彼女は携帯電話を手に取り、風早に電話を掛けた。
「 ・・・ もしもし? 風早くん? ごめんね 急に ・・・
進路のこと ――― 考えてて ・・・
あのね 声が 聴きたくなったの ・・・ 星が 綺麗だよ 」
いつの間にか、雪雲が姿を消し、久しぶりに覗いた空には満天の星空が広がっていた。
聴きたいと思うほど、良い声をしている。
[ 広告 ]