21巻 episode 85. 最後の1年
長い冬の終わり ――― 深い雪が解け始め、この町に春の息吹が届く
3年生に進級し、大人びてきた風早。
彼は、起居を知り得た一部の1年生達から早くも人気を博していた。
大学進学を志し、受験生となった彼は、放課後に荒井と進路面談を行った。
この時の荒井には、何か文句でも言いたい様子が窺えた。
「 ・・・ ふん
黒沼と同じ大学か 」
風早も、これについては思う事が有る。
「 ・・・ あのさ
黒沼って成績いーよね
黒沼なら
他に行けるとこ いろいろあるよね 」
二人が真剣に話し合っている頃、彼より先に進路面談を終えた黒沼は、図書室で静かに勉強などしながら彼を待った。
今日の図書室は、席がいくつも埋まる程に混んでいた。
彼女は大机の席で大学案内の資料をめくり、ある大学の紹介ページで手を止めた。
彼女は十数分前に終えたばかりの進路面談で、荒井に言われた事を思い出していた。
「 黒沼は 教師 目指してんだよな? 」
「 はい 」
「 じゃあ なんで教育大とか教育学部 視野に入れねーんだ?
地元から離れたくないのか? なんか家の事情でもあんのか? 」
確かに彼女は地元を出れば、風早や友達と離れてしまう事に、とても寂しさを感じていた。
荒井は進路調査票と大学の資料を手に話を続けた。
「 別にその第1志望でも教職は とれるけどな
俺は ここを すすめる 札幌の国立 D教育大
真剣に教職考えてるならな それも視野に入れて よく考えてみろ 」
この大学は、彼女が大学案内に初めて目を通した時から一番記憶に残っている大学だった。
彼女が地元の大学に進学を希望した時には良い選択をしたつもりであったが、、やはり風早達の存在が少なからず彼女の進路選択に悪影響を与えていた。
真剣に教職考えてるなら ・・・・・・
荒井の言葉に彼女の意思は揺れた。
( 先生になりたい気持ちと同じくらい 本当は誰とも離れたくない
・・・ 甘えてるのかもしれない 親に 友達に ・・・・・・・・・ 風早くんに )
そんな彼女とは対照的に、固い決意で図書室へ通う者もいた。
それは矢野でも吉田でもなく、黒沼のかつての恋敵、胡桃沢だった。
空席を探す彼女は、黒沼の座っている大机の席に空きが有る事に気付いた。
二人の目が合うと、胡桃沢は黒沼のいる大机の席に何の愛想も無しに座った。
彼女は無言のまま、鞄から勉強用具を取り出し始めている。
気合いの入った表情は、怒っている様にさえ見えた。
「 ・・・・・・ あ あの ・・・・・・
くるみちゃん 塾 行ってるんだよね ・・・・・・・・・
志望校 もう決めてるの? 」
胡桃沢は答えてくれた。
「 決めてるよ 」
「 ど ・・・ どこ⁉ 」
「 図書室では 静かに 」
「 あっ すみません つい‼ 」
( ・・・ 気安く聞いてしまった ・・・ ひとの大事な決断を ・・・ )
まあ、隠さなくてもいっか・・・と思ったのか、胡桃沢は、これにも答えてくれた。
「 ・・・・・・・・・ D教育大
わたし 教師になるの 」
鬼気の迫る怖い表情に変わった胡桃沢から、思いがけない言葉を聞いた黒沼だった。
立ち居振る舞いに好感を持てる。
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