3巻 episode 9. 自主練
北幌高校に、体育祭が近づいていた。
実行委員に選ばれた風早は、ある日の放課後、委員会の行われる教室へと出向いた。
彼は窓際の空いている席に座ってから一息つくと、ふと窓の外に映る人影に目を遣った。
その人影は、一人で楽しそうに花壇へ水をやっている黒沼の姿だった。
その花壇は彼女が入学時からずっと一人で手入れをしており、彼女に可愛がられた多くの草花がいつも健やかに植わっている。
そしてその場所は、彼女にとって風早と初めてちゃんと話した思い出の場所となっている。
風早は、しばらくの間、まだまだ知らない彼女を密かに観察する事になった。
水やりをしていた彼女は、足元に転がっている丸くて手ごろな大きさの石ころを発見すると、その石を何度も足で転がし始めた。
その歪な形の石ころは、彼女の意思に反して毎度予想せぬ方向へ転がっていく。
どうも彼女はその石で、サッカーの練習をしているらしい。
それに気付いた風早は、いつも頑張り屋な彼女を優しく見つめていた。
⦅ ぷ どこ行くんだよ ぷぷ ⦆
体育祭で行われる競技の中で、サッカーに参加する事になっている彼女は、昼休みに行われた練習で、クラスの皆の足を引っ張っている下手な自分に強く責任を感じていた。
それで、自主練をしようと思い立ち、管理教官にボールの貸し出しを願い出たのだが、彼女の希望は受け入れられなかった。
⦅ あてがはずれちゃったな ――― やはり ここはマイボール購入かな ・・・ ⦆
水やりを終えた彼女は、石ころを相手にして熱心に練習を始めていた。
時間を忘れた彼女の集中力は、辺りが夕日に包まれるまで続いた。
『 キ ――― ン コ ――― ン ・・・ カ ――― ン コ ――― ン ・・・ 』
校内に響くチャイムの音で、彼女は我に返り、辺りを見渡す。
すると、彼女の足元にサッカーボールが一つ、何処かからそっと転がって来た。
彼女が、自分に近づく長く伸びた人影を目で辿っていくと、その先には風早が立っていた。
委員会を終えたばかりの彼が、ボールを持ってきて彼女の足元に転がしたのだ。
一部始終をそっと見ていた彼は、微笑んで、彼女の自主練に付き合う事にした。
相手が喜ぶ事に気付いて行動する。
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