23巻 episode 94. 自分
三浦と矢野の会話には取り留めが無く、終わり方は最悪であった。
話をはぐらかされても諦めずに真意を問い詰める彼に、彼女は返す言葉が無く背を向けた。
彼の懸念していた通り、彼女は東京に有る憧れの大学が頭から離れていなかった。
大して好かれていなかった事を悟り、落胆した彼は、この先どうなってしまうのか。
何をしても気が重く落ち込み、そのままの状態で翌日を迎えた。
登校した彼は、一夜明けただけで人が変わっていた。
いつもセットに時間をかけている前髪と共に醸し出される視線には、哀愁が感じられた。
破局が彼の脳裏を掠めると、気持ちが荒んだ。
クールに装う事で、落ち込んだ自分を隠そうと精一杯の彼に、いつもの女子友達とクラスの仲間が声をかけて来た。
「 あっ おはよぉケントー ♡ 」
「 あー ・・・ おはよぉ ・・・ 」
「 えー なんか元気なくなーい?
あやねちゃんとケンカー ⁇ 」
「 もー! いつでも胸貸すんだから言ってよね 〰 ⁉ 」
「 ちっちゃいけどぉー あハハ 」
「 ヤだぁ フツーだもーん 」
「 ・・・ 別に そゆんじゃないし 」
「 えっ 機嫌悪くね? めずらしく 」
「 え~ なんかトゲある~ 」
「 でも ちょっとカッコイイ~ 」
「 マジ 図星なんじゃねーの あっ 」
「 行っちゃった
やーん ほんとに胸かすよ~ 」
「 ケントぉ~ 」
いつも明るく友好的で打ち解け易い、コミュニケーションが好きなはずの彼に笑顔は無く、気の利いた言葉一つ、彼の口から出て来なかった。
彼に笑顔を喪失させた矢野は罪を犯し、彼は昨日の出来事を嫌でも思い返した。
なんで言ってくれなかったの 大学のこと・・・
なんですきになってくれないの オレのこと・・・
矢野の様な辛口女子を惚れさせるには、彼のアプローチでは通用しないのだろうか?
彼が矢野の心を今だ掴めていなかった理由は、きっと色々有る。
先ず彼女が好む男性は、どの様な人物なのか、そこを良く分かっていなかった。
それに恋人有りきの進路決定は改めるべきであり、彼女の進路に自分の進路を委ねる決め方に彼女が好感を持たなかったのは事実であった。
彼女を振り向かせるために続けて来た努力は、さほど効果が無かった事になるけれども、彼が今も一方的に熱を上げている事は何も変わっていない。
今の彼は恋愛に全力であり、矢野が彼の青春そのものになっている。
自分を好きになってくれていない彼女を責めたくなるかも知れないが、考えた末、彼は責め切れなかった。
自分を認めてくれないのは悔しいが、育ち盛りの彼もまた、これからの男なのだろう。
愛を知っている彼は、このまま腐っていく器の男では無いと思われる。
コミュニケーション能力が高い。
[ 広告 ]